株式会社ネクストラボ

EPISODE 03 ROOTS -あの日の分岐点-VIDEO PODCAST — TOKYO / JP

【“クリック率33%の広告”を生み出した天才クリエイター】中村洋基が語るクリエイティブの原点

ゲスト:PARTY 取締役 創業者 / PARTY STARTUP STUDIO FUND 代表パートナー / 中村洋基氏

2026.10.18 / 30:29 / ホスト 亀井 智英

【“クリック率33%の広告”を生み出した天才クリエイター】中村洋基が語るクリエイティブの原点(YouTube) YouTube で見る ↗

SUMMARYこの回の要約

『ROOTS -あの日の分岐点-』第3回は、ネクストラボ代表の亀井 智英がホストを務め、PARTY 取締役・創業者で PARTY STARTUP STUDIO FUND 代表パートナーの中村洋基氏をゲストに迎えた回である。中村氏は、電通でアルバイトとして働き始めた経緯、自作のゲーム型バナー広告がクリック率33%を記録した話、カンヌライオンズのヤングコンペで広告クリエイティブの面白さに気づいた経験を語った。あわせて、亀井との電通時代の出会い、ミクシィ上で広がったキャンペーンの裏話、2026年4月から広告の仕事を離れてベンチャーキャピタリストになった近況も語られている。

CONTENTS目次

  1. オープニングと近況(番組の反応、インド入国時の顔認証の話)
  2. ゲスト紹介と現在の肩書き(PARTY STARTUP STUDIO FUND の立ち上げ)
  3. 二人の出会い(電通時代、CCI とメディアレップ、Tokyo Otaku Mode)
  4. ミクシィで広がったキャンペーンの裏側
  5. 今回の問いと著書の紹介
  6. なぜクリエイティブの世界へ進んだのか(アルバイトの始まりとクリック率33%のバナー)
  7. 広告への見方が変わったカンヌライオンズのヤングコンペ(次回予告)

TRANSCRIPT文字起こし

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オープニングと近況(番組の反応、インド入国時の顔認証の話)

亀井『ROOTS -あの日の分岐点-』。こんにちは、ネクストラボの亀井です。

平川心こんにちは。本日アシスタントを務めます平川心です。この番組は各業界の第一線で活躍されている方々をゲストにお迎えし、成功やキャリアだけでなく、その人がどんなことを考え、何を大切にしてきたのか、そんな一人ひとりのルーツを対話を通して紐解いていくビデオポッドキャスト番組です。ということで、先日番組の配信がスタートしたと思いますが、反響などはいかがでしたか?

亀井反響ありましたね。

平川心ありましたか! どんな反響がありました?

亀井僕、まあそもそも最初のゲスト(乙武洋匡さん)が豪華すぎるっていうのもありましたし、あと僕に対する「もっとこうしたら?」っていう改善点のアドバイスもあったりして、見ている人が優しいなって思いました(笑)。

平川心今日はお顔のシール(保護テープ)はないんですね。

亀井ないです、終わりました! ダウンタイム終わりました。

平川心良かったです(笑)。はい、それでは早速ですけれども、今回のゲストをご紹介します。PARTY取締役、クリエイティブディレクターの中村洋基さんです。よろしくお願いします!

中村洋基どうも、中村でございます。よろしくお願いします。こんにちは、こんばんは、おはようございます。随分亀井さんの入りが深いというか、シリアスなところから「ルーツ……」って入ってきてびっくりしましたね(笑)。そして僕、前回の乙武くんの回、タイムラインを動かしながらちょいちょい見させてもらったんですけど、とんでもないダウンタイム中でしたよ(笑)。

亀井そうっすね(笑)。で、ちょっと一ネタあって。今ここ東京で収録しているじゃないですか。その前に海外にいたんですよ。インドに行ったりとかしていたんですけど、入国する時にイミグレーション(出入国審査)を通るじゃないですか。ホクロを取ったので、パスポートを置いてカメラで顔認証をするんですけど、4回くらいエラーで反応してくれなくて。結局反応しないから係の人に「これ反応しないんだけど」って言って見せたら、僕のパスポートの写真、ガッツリここにホクロがあるんですよ(笑)。

中村洋基でも、顔認証ってそんなホクロ一つで……普通、骨格とかじゃないですか? だから関係ないと思うんだけど。

亀井マジで?

中村洋基でも、あれなんじゃない? 顔認証って、マフィアとかヤバい人が整形して国外へ高飛びするみたいな、そういうのに過剰反応するようになっているから引っかかったんじゃない? 整形して海外逃亡(笑)。

亀井整形して海外逃亡(笑)。じゃあ次からホクロ描いといた方がいいのかな? 逆に油性ペンで黒いの入れとこうかな、みたいな。

ゲスト紹介と現在の肩書き(PARTY STARTUP STUDIO FUND の立ち上げ)

平川心一旦ホクロのお話はここら辺にして(笑)、中村さんのご紹介を簡単にさせていただきますね。中村さんは2002年に大手広告代理店の電通に入社。まだインターネット広告が今ほど一般的ではなかった時代から、バナー広告やデジタルキャンペーンなど、新しい広告表現を次々と生み出したクリエイティブディレクターです。そして2011年に独立後は、広告クリエイティブと空間体験の会社「PARTY」を共同設立。その後も広告という枠にとどまらず、テクノロジーやサービス開発、さらには起業や投資まで活動のフィールドを広げ、これまでに国内外300以上の広告賞を受賞されています。ということでよろしいでしょうか?

中村洋基はい(笑)。急に平川さんが現実というか、正規の流れに引き戻してくれる。しかも非常にいい声で。

亀井ものすごくいい声ですよね。第1回目の評判も「心ちゃんが凄すぎる」っていう声がありましたから。

平川心あ、嬉しい! ありがとうございます(笑)。

平川心クリエイティブディレクターということで……

中村洋基あ、そう! クリエイティブディレクターだったんですが、実はまた後半にお話ししたいなと思うんですけど、辞めまして(笑)。25年くらい広告業界にいたんですけど、PARTYという会社の取締役は続けているんですが、最近「PARTYファンド」というベンチャーキャピタル、VCファンドを始めまして。

亀井いくら集めてるんですか?

中村洋基10億ですね。

亀井1号ファンドで10億って結構多いんじゃないですか?

中村洋基まあ、そうみたいですね。「10億」って聞くと凄そうなんですけど、どうやらこのVC業界では「まあ駆け出しだね」みたいな規模らしいんですけど、もちろん大事なお金ですので。で、そのVCファンドというのは金融業界なので、金融業界にはキツい専任業務(専任義務)というのがありまして。PARTYという会社の経営はやるんだけど、「広告クリエイティブディレクター業務は辞めてください」ということですので、僕は今年の4月から普通にベンチャーキャピタリストとして急に生まれ変わった「VC野郎ニュータイプ」なんです(笑)。ですので正しくは、「PARTY取締役クリエイティブディレクター」改め、「PARTYファンド代表GPの中村」ということになっております。よろしくお願いします。

平川心よろしくお願いします! そんなPARTYファンドの中村さんのお話も後ほどお伺いしたいと思います。今日は中村さんの人生を振り返りながら、生き方や価値観につながるルーツを紐解いていきます。それでは、もう既にお話しされていますが、亀井さんと中村さんがどういったご関係性なのか、最初にお聞きしたいと思います。

二人の出会い(電通時代、CCI とメディアレップ、Tokyo Otaku Mode)

中村洋基始まりから! いや、そう、これが面白くて。亀井さんが“ライジング”する前ですよね、出会いというのは。

亀井そうね。

中村洋基亀井さんといえば、世の中のスタートアップ業界で言えば、やっぱり「Tokyo Otaku Mode(トーキョーオタクモード)」を立ち上げて、最終的にM&Aでイグジットした起業家ということなんですけど、その前に僕は出会っていて。これ、どこまで話していいんですか?

亀井全部話していいっすよ。

中村洋基僕、当時電通にいてデジタルのクリエイティブをやっていて、亀井さんはCCI(サイバー・コミュニケーションズ)ですよね。CCIから電通に出向していて、電通でmixi担当、媒体担当、SNS担当をやられていて。CCIって分かります?

平川心分からないです。

中村洋基もはやもう(社名変更で)なくなっちゃいましたけど、メディアレップ。メディアレップって分かります?

平川心(笑)

中村洋基そういえば亀井さんってCCIだったよな、ここに来るまで「CCIって何だったっけ? あ、メディアレップだよ。メディアレップって何だったっけ?」みたいな(笑)。あのね、広告代理店さんに広告枠を卸すんですよ。

平川心へえー!

中村洋基僕らは広告のクリエイティブとか中身を作ったりするんだけど、媒体の規定とか入稿とか、すごく難しい技術やルールもいっぱいあって、メディアレップの人がいるといないとでは大違いなんですよ。そこをむちゃくちゃ円滑にやってくださるのが僕の中でのメディアレップなんですけど、合ってます?

亀井合ってます。合ってますけど、僕の経歴自体の紹介をそもそもこの番組でちゃんとしたことがなくて(笑)。

中村洋基そう! だから単なる「ダウンタイムおじさん」みたいになってる(笑)。しかも前回もうちょっと下膨れだったのに、なんかシュッとしてんな、みたいな感じで、多分視聴者全員きょとんとしたまんまだから、「亀井さんといえば元々……」ってそのくらい話してくださいよ。

亀井また別の機会に自分の回を撮ろうかって話はしていたんですよ。

中村洋基まあいずれにせよ、Tokyo Otaku Modeを立ち上げてやり遂げたすごい起業家ですよ。その前、ライジングする前に電通のオフィスでお会いしていると。

亀井Tokyo Otaku Modeというのは、日本のコンテンツを海外に紹介するメディアから始まって、Eコマースを今も展開しているんですけど、3年くらい前に小学館の方にM&Aで譲渡していて。僕はそのもっと前に離れているんですけど、そこはまたおいおい僕の番組の回とかで話せたらいいかなと思っています。

中村洋基今でもサイトありますもんね。ちゃんとインバウンドというか海外のファンに向けて、日本発のフィギュアやグッズを売っているECを展開されていて。

亀井そうなんです。日本での認知はほぼなくて、海外での認知がすごかったんです。一時期Tokyo Otaku ModeのTシャツを着てオースティンとかシンガポールを歩いていると、「あ、そのロゴ知ってる!」とか言われてめちゃくちゃびっくりした時があって。「何で知ってんの?」って聞いたら「だってフォローしてるし」みたいに言われて。会社員の時に自分で何かを作って届けるという体験があまりなかったので、自分が作ったものを見て楽しんでくれているというのはかなり衝撃を受けたんですよね。そういったクリエイティブの世界に身を置いている中村さんなので、何でそういうところを目指したのかなというお話も聞いてみたいですし。僕のイメージの中村さんってどういう人かというと、日本を代表するインターネットやその周辺の天才クリエイターっていう印象ですね。

平川心すごい! ずっと褒め合いで、愛が伝わってきました(笑)。

中村洋基いやいや、やめてくださいよ(笑)。

ミクシィで広がったキャンペーンの裏側

亀井でも、会った当時はそんなことを思いつつも、めちゃくちゃトラブってましたからね(笑)。

中村洋基(笑)

亀井「なんでこんなことやってんだよ!」みたいなことを思いつつ。クリエイターとしてクライアントを喜ばせようと思って色々動いている中村さんと、僕は媒体を守らなくちゃいけなかったりするんで、媒体が嫌がるようなことを中村さんが企画してくるじゃないですか(笑)。

中村洋基僕、なんか自分に都合のいい記憶しかないタチなんですけど(笑)。え、俺……CR-Zの件?

亀井そうそうそうそう!

中村洋基結構トラブったけど、いや、あれも自画自賛できるくらいいいキャンペーンで。当時mixiの担当で、平川さんとか知らないと思いますけど、mixiはモンスト(モンスターストライク)の会社じゃなくて、昔はSNSの会社だったんですよ。FacebookやX(旧Twitter)の前、さらに源流をたどると、日本中がほぼみんな使っていたSNSがあって。その時にHondaさん、車のHondaさんで「オレオレCR-Z」っていうキャンペーンをやって、それが良くも悪くも大ブレイクしたんです。

亀井めちゃくちゃでした(笑)。

中村洋基どういうキャンペーンかというと、SNSの中で……例えばFacebookは実名文化ですけど、日本って結構匿名文化なんですよね。Xも半分くらい実名、半分くらいハンドルネームやニックネームの人が多いと思うんですけど、自分のスクリーンネーム、皆さんとコミュニケーションする自分の名前に、Hondaの車名である「CR-Z」ってつけたら、抽選で1名にCR-Zの実車をプレゼントっていう(笑)。だからキャンペーンに参加する人は全員、自分の名前に「CR-Z」がつくという、結構ハックみたいなことをやったら、mixi中がCR-Zだらけになって(笑)。「やべえぞこれ!」みたいな。

亀井元々は「こういうことやっていいですか?」ってmixiさんにちゃんと仁義を切ったら、「好きにやればいいんじゃないですか、面白いですね」みたいに言っていたのが、あまりにも広がりすぎて「これちょっと大丈夫なのか? ダメだろ」ってなって。後で「やっぱりダメです」って言われて。「いや、媒体がやっぱダメですって言ってくるんじゃないよ! 俺、媒体担当だから!」って(笑)。「事前に言ってたじゃん!」って一応言いにいかなくちゃいけないけど、クリエイティブや営業は「最初に言ってたのになんでそんなことになってるの? そっち仕切れてないじゃん」みたいになって。でも媒体も守らなくちゃいけないから、僕は媒体担当としてクリエイターと営業の板挟みになって、めちゃくちゃ辛くてお腹痛くなっちゃって(笑)。

中村洋基なんかもうどんどん広がっちゃって、止められなくなって。止めようにも1日3万人くらいずつ名前を変える人が増えていって。

平川心ええーっ!(笑)

中村洋基やべえ、やべえって。最終的には広告を一切打たずに、85万人くらいの名前が変わって。クライアントもめちゃくちゃ喜んで。あともう1個あったよね。「マイミクじ」もあったでしょ。

亀井ああ、あったあった!

中村洋基マイミクじもあって、クライアントが途中で抽選に出てきて縄跳びとかしていたのを覚えているよ(笑)。

亀井何回二重跳びできるか挑戦して、跳べた回数が当選番号になるみたいなやつね。

中村洋基そう、マイミクじとか言って、クリエイター側で色々ハックして。「マイミクの数だけくじが引ける」とかやっていたから、「関係ないマイミク申請が増えていくからやめてください」みたいな話になって(笑)。

今回の問いと著書の紹介

平川心聞きたいことだらけですけど、もう既に盛り上がっていますが、ここから本題に入っていきますね。亀井さんが分岐点をピックアップしてくださったということで、それでは今回の「カメイズチョイス」の発表をお願いいたします!

亀井カメイズチョイス!

中村洋基(笑)

亀井温かい目で見ていただけると……(笑)。中村さんが、1. なぜクリエイティブな世界に進んだのか、2. なぜバナー広告でヒットを連発でき、クリエイティブで世の中に影響を与えられたのか、3. なぜ電通を辞めて独立しようと思ったのか、4. なぜファンドをやってみようと思ったのか。この4つですかね。

中村洋基なるほど。いっぱいありますね! そしてよくぞ聞いてくれました。さっきから画面に見切れていると思うんですけど、最近本を出しまして。『宣伝会議』から『計画しない人はうまくいく 帳尻合わせのキャリア論』という本を出させていただいたんですけど、ほぼここに全ての答えが書いてありますので、詳しくはぜひAmazonでポチりしていただけないかなと(笑)。

亀井これ、いつ出たんですか?

中村洋基結構最近ですね。ファンドを始めたのと同じくらいで、4月か5月くらいに出たばっかりなんですけど。僕、この業界長いくせにマーケティングやプロモーションをおろそかにしていて、まだまだ皆さんの熱いレビューが……買って楽しんで、誰でも楽しく読めるように書いたつもりなので読んでほしいんですけど、それよりもどちらかというとAmazonにコメントが欲しいですからね(笑)。コメントを入れてくれるんだったら、なんならキャッシュバックしてもいいくらい(笑)。

平川心じゃあ、今からカメイズチョイスで聞いて、もっと内容を知りたいよという方はぜひ本を手に取っていただいて、コメントをお願いします(笑)。それでは早速、最初のテーマからじっくりお話を伺いたいと思います。

中村洋基本論に戻してください(笑)。

なぜクリエイティブの世界へ進んだのか(アルバイトの始まりとクリック率33%のバナー)

平川心最初のテーマがこちら。「なぜクリエイティブの世界へ進んだのか」ということですけれど、元々進みたかったんですか?

中村洋基そうですね、いやもう本当に無計画。この本に書いてある通り、無計画性で超絶ちゃらんぽらんだったんですよ。僕の場合は早稲田の文学部にたまたま滑り込みで入れたんですけど、5年通って1留(留年)して。その5年目も、広末涼子さんが当時早稲田に入ってくるというので、「広末が来るなら俺ももう1年やるか!」って(笑)。謎のモラトリアムロジックで1単位だけ残して、体操ができる単位で、体育のトランポリンを取って、最後の年はトランポリンしかしていなかったという、超絶モラトリアムを過ごしたんです。

平川心(笑)

中村洋基大学時代は演劇、お芝居をやりたくてやっていたんですけど、一緒にやっていた脚本家が鬱になっちゃって途中で劇団が解散して。それからデジタルプロダクションみたいなところにちょっと転がり込んでいたんですけど、5年目のトランポリンが終わった後、何でもないお兄ちゃんが寒風吹きすさぶ中に突っ立っていた、みたいな感じだったんです。本当に何も考えていなくて、就職活動もしていなくて。ただ、子供の頃からたまたまプログラミングみたいなのが好きで、当時は20年以上前ですけど、Webデザイナーみたいなのが流行り出したくらいだったんで、「もうそれでいいかな」と思って。

亀井そうなんだ。元々プログラミングができたというのはあるんですね。

中村洋基と言っても本当に全然ですよ。僕そもそも私立文系なんで、三角関数とかもヤバいみたいなレベルなんですけど、プログラミングって実はそんなに難しくないんで。「最低限のWebデザインはできますよ」というところで、クリエイター派遣会社のクリーク・アンド・リバー社を通じて電通さんを紹介してもらって。最初、僕ね、月・水・金のバイトだったんですよ。

亀井うん。

中村洋基広告代理店にWebデザイナーなんていないから。広告代理店のクリエイティブの花形って、コピーライターとかCMプランナーとかアートディレクターなので、Webデザイナーなんて存在しないから「使えなかったらすぐ切るから」みたいな厳しいことを言われて、「君は月水金だ」と。今思うと、広告代理店で月水金で働いているやつなんていなかったから(笑)。

亀井バイトのシフトみたいな。

中村洋基そうそう、バイトのシフトみたいな感じで下働きしていて。最初は他の人のパワポのスライドをかっこよくアニメーションさせるとか、そういうことばかりやっていたんですよ。だから「なぜクリエイティブの世界に進んだのか」というのは何の志もなくて、たまたま拾われたのがそこだったんです。で、なんでそこに居続けることになったかというと、半年くらいそういう下働きをやった後、バナーの仕事が来たんですね。それもHondaさんだったんですけど、「ゲームっぽく動くバナーを作ってくれ」と。昔のゲームボーイとか、ピコピコいうようなピンボールゲームみたいなやつで。で、つい口が滑って、「これだったら俺、ゲームっぽく動くんじゃなくて、ゲームそのものを作れますけどね」みたいなことをうっかり言っちゃったら、その上司が「じゃあそれ作ってくんない?」ってなって。「やべえ! そこまで作れねえぞ!」って内心冷や汗をかいたんですけど(笑)、メディアレップさんの力も借りて、なんとか作りきったんですよ。今ではよくスマホゲームの広告で、広告自体がプレイできるインタラクティブなやつがあるじゃないですか。あれのはしりで、バナー広告なんだけどゲームがプレイできる、マウスオーバー(マウスオン)するとゲームが始まるみたいなやつをなんとか作りきって出したら、翌月くらいにレポートを持ったプロデューサーが血相を変えて飛んできて。「このバナー、やばい」と。何かまずいことしちゃったかなと思ったんですけど……クリックレート、CTRって言うんですけど、世の中のバナー広告の平均クリック率ってどのくらいか知ってます?

平川心広告ですよね? 普通のWebサイトにある広告をクリックする率って……5%くらいですか?

亀井大体0.1%。

中村洋基そう、0.1%。すごくいいところでも1%くらい。100人から1,000人に1人くらいがあの看板をクリックするんですけど、僕が作ったバナーが33%出たんですよ。

平川心33%!? 3人に1人!

中村洋基3人に1人(笑)。異常値ですよね。「これはとんでもないぞ」となって、「ちょっとよく分からないから来月も作ってみよう」ってなって、似たようなゲームバナーを作ったら、そこまではいかなかったけど15%くらい出たんですよ。それが連載みたいになって、僕の首の皮が1枚つながったというか。

亀井それで週3から週5になった。

中村洋基そう! 週3から週5になって、ずっとゲームバナーを作り続ける男になったんです。

亀井それって2001年とか2002年?

中村洋基2002年かな。

亀井その前にラジオの構成作家をちょっとやっていたみたいな話があった気がするんだけど、あれは本当にちょこっと?

中村洋基構成作家じゃなくて、ニッポン放送。AMのニッポン放送で、学生の時にまたデジタル系のバイトをしていて、「LFX488」という、もうなくなっちゃったBSデジタル音声放送があって。画面付きのラジオ放送みたいなやつで、その配信業務をやっていたんですけど、あまりにも零細すぎて、バイトの僕が休んだら配信されないみたいな(笑)。そこでもデジタルっぽいことをやっていたんで、多少は好きだったんでしょうね。

平川心さっきのクリック率33%の広告についてなんですけど、どんなものを作られていたんですか?

中村洋基もう20年も前だから恥ずかしい限りなんですけど、当時はすごく低容量で作らなきゃいけなくて。ピンボールの形をしていて、ポチッと押すとピンボールゲームが始まって、ワイパーを模したフリッパーをキーボードの上キー・下キーで動かすんです。ピンが跳ねて特定の文字(ロゴのOなど)に何回も当たるとだんだん色が赤くなっていく、みたいな。でも当時はレギュレーション(容量制限)が厳しくて、30キロバイトとかで作らなきゃいけなかったんですよ。スマホでパシャッと撮る写真の何百分の一の容量で作らなきゃいけないから、画像を使えずにほぼプログラミングだけで作っていたんです。

広告への見方が変わったカンヌライオンズのヤングコンペ(次回予告)

中村洋基当時は広告なんか全然面白いと思ってなくて、大学生が広告研究会とかで「広告代理店に入りたいです」とか言っているのを見ても全く意味が分からなくて、「あんなのどこが面白いんだ」と思ってたんですけど、早い段階でカンヌに行かせてもらったというのがあったんですよ。

亀井うんうん。

中村洋基広告業界には広告賞があって、その最高峰が世界一の「カンヌライオンズ」なんですけど、そこにバイトの分際で行かせてもらったんですよ。

亀井よく行かせましたよね。

中村洋基上司もいい意味でヤバい人だったんですけど、「中村くん、カンヌ行こう!」って。クリーク・アンド・リバー社所属のバイトなのに(笑)。当時も金髪で、今と全く同じような格好で。「パスポート持ってないんですけど」みたいな。なんで行ったかというと、若手しか参加できない「ヤングコンペ(ヤングライオンズ)」というのがあって、南フランスのカンヌの現地で24時間以内にお題に沿って広告を作るんです。そのデジタル部門が新設されて、当時の電通にプログラミングができるデジタル野郎が僕しかいなかったんですよ。Webデザイナーなんて雇ってなかったから。僕だけがはみ出し者だった結果、「君、作れるよね?」って言われて「できます」って言って行ったんです。結果はもちろん全然ダメだったんですけど、失意の中で世界中のエントリー作品を見ていたら、「あれ? これむちゃくちゃ面白くねえか!?」って気づいたんです。日本は15秒のテレビCMばかりでいろんな規制もあるけれど、世界には全然違う文化があって、規制にとらわれない作品や受賞作がものすごく面白かった。「これが広告クリエイティブなのか!」と、いい意味で誤解しちゃって。帰りの飛行機の中でノートにめちゃくちゃメモって帰ってきたんです。そこで風向きが変わったというか、自分の中に「こうすれば面白いクリエイティブができるんじゃないか」という礎ができて。しかも他の人がやっていないことだったから差別化もできたし、そのヤングコンペにもその後2回行かせてもらって、2回とも世界で賞をもらいました。

平川心ということで、今回はここまでです。次回も引き続き、中村洋基さんの生き方や今の価値観につながるルーツを紐解いていきたいと思います。それではまた次回お会いしましょう!

亀井カメイズチョイス!

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